中森明菜さん BBS

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『温り』~17歳頃は 歌詞すべてを歌い 2003LIVEでは 歌詞すべてを歌わない…何故?~ higasi

2018/09/24 (Mon) 13:19:53

【改訂版・私説・歌姫明菜world】~『温り』のレビューを [【1/2】17歳頃の歌唱と【2/2】2003 I Hope so LIVEの歌唱と…比較して記述]~

▼前口上

《舞台上の明菜》は
《⁂白魔女明菜》となり
《仮想現実virtual realityの世界》で生きていて
《⁂白魔女明菜》は
《火花散らす『仮想現実virtual realityの世界』》を創造し
まさに、今ここで、私たちは…
《火花散らす『仮想現実virtual realityの世界』=『歌姫明菜world』》を鑑賞して
感動を味わう機会を獲得できるのです。

でありますから…縁あって『歌姫明菜world』を味わっている明菜ファンの皆様
どうか この場所では…浮世の憂さを空の彼方に吹き飛ばして
心ゆくまで…《⁂白魔女明菜》が創造した『仮想現実virtual realityの世界』の中で
楽しく遊んで頂ければ…幸いであります。

誤解なきように あらかじめ申し上げますが…
私の書き綴る『歌姫明菜world』を 強引に押し付ける気持ちはありません。

以下の内容は
2017/09/21 (Thu) 01:48:03に
このコーナーで既述した文面であり
重複して申し訳ありませんが…目を通していただければ 幸いです。↓

そもそも
私たちは
五感という自分自身の《filter=濾過装置⇒感受性》を通して
自分の外にあるものを感じ取っていると考えています

このサイトは
『明菜ファンによる明菜ファンの為の明菜ファンサイト』ですから
五感という自分自身の《filter=濾過装置⇒感受性》が
明菜の歌唱表現に感動したので
明菜ファンになったんですよね?

さて
明菜の唄は多種多彩であり
明菜の歌唱表現も多種多彩であったから
私は明菜ファンを続けていますし
明菜の《不器用だけど一生懸命な生き方》にも共感したから
私は明菜ファンを続けているのです

多種多彩な《filter=濾過装置⇒感受性》を持った《私以外の明菜ファンの皆様》が
明菜の《多種多彩な唄・多種多彩な歌唱表現》をどんな風に感じているかを知りたくて
このコーナーに書き綴っています
たとえ私の感じ方と違っていても
私は気分を悪くする事はありません
私は明菜の唄については好奇心の塊ですから…
私は明菜の《多種多彩な唄・多種多彩な歌唱表現》の虜になって
明菜ファンを続けているのです
《多種多彩な唄・多種多彩な歌唱表現》については
多種多彩な感じ方があるのは当然でしょう?

【1/2】17歳頃の歌唱⇒[AKINA NAKAMORI COMPLETE SINGLE COLLECTIONS - FIRST TEN YEARS – RHINO PREMIUM EDITION 発売日:2009/06/10のDisc 1 収録曲『温り』のレビュー(動画映像発見出来ず残念!)]~YouTube上の明菜17歳頃の歌唱・『温り』のレビュー↓~←(YouTube上:中森 明菜 1/2の神話 / 温り eleven 2018/04/16 に公開より)

▼プロローグ

デビューして 間もない頃…
当時17歳位の明菜に
ボサノヴァを歌わせるという
実験のような試みがあったいう情報を
ネットで知りました
私にとっては…
明菜自身が最初から望んで
ボサノヴァ風の唄を歌ったのか
それとも
スタッフから進められて
ボサノヴァ風の唄を歌ったのか
その答えを知ることが目的ではないのです。
いずれにせよ…
明菜の歌唱表現内容を感じて
それを自分なりのコトバによる表現をして
このサイト内に 自分の拙い足跡を残したい気持ちがあり
その結果として…

ー《⁂白魔女明菜》の《まごころ》が
 消えることなく
 魂から 魂へと つながつてゆくように…

 《まごころ》から溢れる《⁂白魔女明菜》の歌が
 消えることなく
 魂から 魂へと つながつてゆくように…ーなればいいなと云う願いを込めて
拙いレビューを書き綴っております。

▼『温り』(明菜17歳頃の歌唱)⇒明菜は17歳頃…《公表されている「温り」の歌詞すべて》を ボサノヴァ風に歌っていました。
『温り』の作詞作曲は 井上あづさ。この人は ネット検索しても 詳細不明の謎の方。
明菜17歳頃の《『温り』の歌唱》から 私が感じ取ったイメージは ボサノヴァ風。

▼ボサノヴァは、楽曲的に見れば 《リズムを強調しない静かな8ビート》です。
私は
なぜ 明菜17歳頃の《『温り』の歌唱》から
《ボサノヴァ風と云ったイメージ》を感じ取ったのでしょうか?
その理由を述べると…
楽曲的に見れば
当時の『温り』については…
《リズムを強調しない静かな8ビート》であると感じたからであります。
確かに 明菜17歳頃の《『温り』・伴奏の『基本のリズム』》を聴くと…
私が感じ取ったリズムでは…
「ダバダバダ…ダバダバダ」…と云うリズムを
ギターで刻んでいました。⇒これが 《ボサノヴァ『基本のリズム』⇒『8ビートのリズム』》です
明菜17歳頃の「温り」の歌唱では…
ギターの刻む《控えめな和音のリズム》に乗せて
「さめてしまうの」と聴こえて来るだけで…
陽射しが弱くなって…《影になったような雰囲気》が広がります。
そして
歌う声に…《ウィスパーボイスの芽生え》を感じさせるようであり
ほのかに哀愁を含んだ《思春期の少女の『透き通った声』》を感じさせてくれました。

▼明菜17歳頃の「温り」は…《弦楽器Stringsを主体とした演奏》。
そのStringsに伴われた、《*下降音型》主体の滑らかなメロディー。
《*下降音型》とは 「ダバダバダ…ダバダバダ」…と云うリズムに乗って 半音ずつ下降させる型の楽曲。これは ボサノヴァ楽曲の特徴である。
日本で印象の強いヒット曲に…「イパネマの娘」(小野リサ・ギター演奏&歌唱)があり、youtubeでも聴けるはずです。(←ボサノヴァを聴覚で知りたければ これが早道。)
さて
明菜17歳頃の「温り」は…
《歌詞のフレーズの終わり》をすっーと…力まずに…《少しずつ自然に消えていくような歌い方》も 素晴らしい。
語り掛けるように ふわっ~と…コトバを置いてゆく歌い方も感じました。
《「温り」の旋律Melody》がボサノヴァらしい半音階進行を多用しているのと
《『思慕の情"saudade"サウダージ』と『悲哀』が溶け合って醸し出す『陰影Shadow』のリズム》…
⇒私が感じ取ったリズムでは…「ダバダバダ…ダバダバダ」…と云うリズムの要素が 当時の「温り」の曲を「ボサノヴァ風」と感じました。

▼ボサノヴァの持つ美しい『陰影Shadow』は、
ポルトガル語にしか存在しないと言われる、《『思慕の情"saudade"サウダージ』と『悲哀』が溶け合って醸し出す『陰影Shadow』であって、
「デカダンスdécadence(退廃的傾向)」の匂う「アンニュイEennui」とは無関係だ。
『思慕の情"saudade"サウダージ』は、
『陰影Shadow』であっても、
『悪魔的な官能美への惑溺(すなわちデカダンスdécadence)』が匂う「アンニュイEennuiと云う倦怠(けんたい)感」ではない。

【2/2】2003 I Hope so LIVE『温り』のレビュー

▼2003 I Hope so LIVE『温り』で歌われた歌詞について まず述べます

冷めてしまうの 紅茶(レモンティ)が
そんな思いつめないでね
私なら もう平気
お別れに黄昏の街に 誘ってほしい

なんとなく 気付いていた
あなたと あの娘のことなら
一人悩んだ 夜に比べれば
打ち明けてくれて 救われたよう

車が通るたび あなたの手が
そっとやさしく 私をかばうのよ~~~~←『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』『*明菜ビブラート Vibrato』が ~~~~の箇所で かなり強めに感じ取れます
この温りを 忘れはしない
たとえあなたには 軽い癖でも

街角の ショーウィンドー←この箇所は 歌われていない
華やぐ季節を 先取り←この箇所は 歌われていない
春のおしゃれを 楽しむ気分は←この箇所は 歌われていない
おあずけね あなた忘れる日まで←この箇所は 歌われていない

今日まで愛された そのお返し~←~の箇所は 弱めの『ビブラートVibrato』が感じ取れます

できる限り ほほえみ続けるわ~~~~←『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』『*明菜ビブラートVibrato』が ~~~~の箇所で かなり強めに感じ取れます
あなたのやさしさ 今はせつなく
サヨナラの握手 そっと求めた~←~の箇所は 弱めの『ビブラートVibrato』が感じ取れます

▼《⁂白魔女明菜》の《歌唱と歌姿》から受け取った《イメージImage》を
自分なりの詩文で書き綴れば…

なんとなく 気付いていたとはいえ
聞きたく無い言葉を聴いてしまった…

愛を手に入れようとしても
《こぼれ落ちてしまう愛》もあって…
《こぼれ落ちてしまう愛》への
《淋しさ・哀しさ・愛しさ・もどかしさ》が
混ざりあって…
歌う明菜の 息遣いや 溜め息や ささやきに
明菜の情念が 溢れ出ていて…
《淋しさ・哀しさ・愛しさ・もどかしさ》ゆえに…
《こぼれ落ちてしまう愛》を忘れるために
「あなたの温りを忘れない」というコトバを
自分自身に云い聴かせて…
《こぼれ落ちてしまった愛》から
別れようとする姿があって…
『このように揺れ動く情念』の『次から次へと移り行く生の姿』》を…
さまざまな『顔の表情』で
さまざまな『目の表情』で
さまざまな『まなざし』で
さまざまな『声の表情』で
さまざまな『手の動きや全身の動き』で
舞台女優のように
心を込めて 表現しています

▼2003 I Hope so LIVE『温り』では…
遠くを見つめるような視線のなかで
《一つの遠い思い出》を歌っているように 感じることもありましたが
《揺れ動く情念の 次から次へと移り行く生の姿》を そのままに感じ取れました

歌い終えつつ…左手を ゆるやかに そーっと差出し…また、その左手を、自分の頬に持ってゆく仕草に…
溢れ出る明菜の情念を感じて、感動するのです。
まるで、そこに、《悲しみ・哀愁・切なさと云う単体の感情を超越した意識下にある、さまざまな感情が入り乱れた胸に訴え掛ける直情的な生の情念》の深い情緒を感じて、感動するのです。

▼ 明菜17歳頃の《『温り』の歌唱》からは…
《ボサノヴァ風と云ったイメージ》を強く感じ取ったのですが…

⁂2003LIVE『温り』からは…
伴奏の『基本のリズム』》を聴くと…
確かに「ダバダバダ…ダバダバダ」…と云うリズムを
ギターで刻んでいるけれども…
そのギター伴奏は 明菜17歳頃の『温り』よりスローテンポであり
そのギター伴奏は 明菜17歳頃の『温り』より《弱く控えめの伴奏》であり
むしろ…
《バイオリン伴奏の『哀愁溢れる音色』》が強調されていて…
《バイオリン伴奏で響き渡る『哀愁溢れる音色』》によって
《『揺れ動く情念の震え』 が次から次へと移り行く生の姿》を溢れさせていて…
遠くを見つめるような視線のなかで
《一つの遠い思い出》を歌う姿にも…
《『揺れ動く情念の震え』 が次から次へと移り行く生の姿》を そのままに感じ取れました
時折伴奏される低音ベースの音色が
『こぼれ落ちてしまった愛』の『悲しみの重さ』を感じさせるようです
2003LIVE『温り』の伴奏も
《弦楽器Stringsを主体とした演奏》でした。

▼歌詞の視点で考察すれば…

ー冷めてしまうの 紅茶(レモンティ)が

そんな思いつめないでね

私なら もう平気 お別れに
黄昏の街に
誘ってほしい

なんとなく 気付いていた

あなたと
あの娘のことなら

一人悩んだ
夜に比べれば

打ち明けてくれて
救われたよう

車が通るたび
あなたの手が

そっとやさしく
私をかばうのよ

この温りを
忘れはしない

たとえあなたには
軽い癖でもー

この歌詞の後には…
以下の= =内の歌詞が続いていて←以下の= =内の歌詞は2003LIVEで歌われる事がなかった

=街角の ショーウィンドー

華やぐ季節を 先取り

春のおしゃれを
楽しむ気分は

おあずけね
あなた忘れる日まで=

上述= =内の歌詞の間には 間奏だけが演奏されて…その後で
以下のー ー内の歌詞が歌われる

ー今日まで愛された
そのお返し

できる限り
ほほえみ続けるわ

あなたのやさしさ
今はせつなく

サヨナラの握手
そっと求めたー

▼私は いま気付いたのです!
2003LIVEで
=街角の ショーウィンドー

華やぐ季節を 先取り

春のおしゃれを
楽しむ気分は

おあずけね
あなた忘れる日まで=《この歌詞を歌わなかった理由》を いま気付いたのです!

《この歌詞を歌わなかったこと》によって…
《明菜17歳頃の発表当時の歌唱》と比較すれば…
2003 I Hope so LIVEにおいて
《⁂白魔女明菜》が歌う『 温り』全体から受け取った《イメージImage》は
《演奏・歌唱の視点》から見れば
《バイオリン伴奏の『哀愁溢れる音色』》が強調されるようになり…
《バイオリン伴奏で響き渡る『哀愁溢れる音色』》によって
《⁂白魔女明菜》の『揺れ動く情念の震え』 が《次から次へと移り行く生の姿》を溢れさせるようになり…
遠くを見つめるような視線のなかで
《一つの遠い思い出》を歌う姿にも…
《『揺れ動く情念の震え』 が次から次へと移り行く生の姿》を そのままに感じ取れるようになって
時折演奏される低音ベースの音色が
『こぼれ落ちてしまった愛』の『悲しみの重さ』を感じさせるようになったのです
間奏で零れる涙にも…
『こぼれ落ちてしまった愛』の『悲しみの重さ』を感じとりました

▼2003 I Hope so LIVE『温り』において…もしも 上述= =内の歌詞を歌っていれば…
2003 I Hope so LIVE『温り』の《『歌唱』と『歌唱姿』》のPerformanceが
ー《バイオリン伴奏の『哀愁溢れる音色』》が強調されていて…
《バイオリン伴奏で響き渡る『哀愁溢れる音色』》によって
《『揺れ動く情念の震え』 が次から次へと移り行く生の姿》を溢れさせていて…
遠くを見つめるような視線のなかで
《一つの遠い思い出》を歌う姿にも…
《『揺れ動く情念の震え』 が次から次へと移り行く生の姿》を そのままに感じ取れました
時折演奏される低音ベースの音色が
『こぼれ落ちてしまった愛』の『悲しみの重さ』を感じさせるようですーと云うような効果を発揮できなかったからであります
さて 皆様は どんな風に感じ取っているでしょうか?

▼もちろん 明菜17歳頃の「温り」は…
《ボサノヴァ風と云ったイメージ》を追求する歌唱表現でしたから
上述= =内の歌詞を歌うことで
Performanceが発揮できたと思っています
そのとき目指す歌唱表現の方向によって
その表現方法も変化するのは 当然であります。

以下は《深読みしすぎの推測》かもしれませんが…
《明菜17歳頃・発表当時の歌唱》は 
同世代のファンへのPerformanceであり…
上述= =内の歌詞を歌った方が
《同世代のファンへも伝わりやすい歌詞》になっているので
上述= =内の歌詞を歌うことで
Performanceが発揮できたと思っています。

~『赤い花』再レビュー⇒別の視点も取り入れたけど 伝わるかどうか不安です~ higasi

2018/09/18 (Tue) 05:07:28

【改訂版・私説・歌姫明菜world】~『赤い花』(LIVE TOUR 2006 The Last Destination収録曲)再レビュー⇒別の視点も取り入れたけど 伝わるかどうか不安です~

▼白魔女明菜が歌う『赤い花』の
 《「凄い」と思うほどの「低い音域」》は 
  《孤独感で包み込むイメージ》を予感させる

『赤い花』の歌唱を聴くと…
白魔女明菜の「歌い出し」は
「低音の魅力」に馴れた耳にも
「凄い」と思うほどの「低い音域」です。
「凄い」と思うほどの「低い音域」は
『赤い花』の歌唱全体を
《孤独感で包み込むイメージ》を予感させます

ちなみに
『明菜の歌レビュー集』に掲載されていた《「ピアノ・ソロ」収録曲の音域表》によれば…
『赤い花』の音域は
他の《repertory持ち歌》に比べて
かなり広く… 特に「低い音域」が
かなり広くなっています。

▼白魔女明菜の《『赤い花』の歌姿》を観れば…
まさに 身を削って 歌を紡ぐ感じ。
ほとんど うずくまるように 身をねぢって、
振り絞るように 歌っているのが 凄い。
この「なりふり構わない感じ」や
区切りを気にしない《breath息つぎ》を聴いて…
「昔みたいに声が出なくなった」と“批評”する人もあるが、
《歌う曲の世界を表現する》と云う視点では…
これも 
《ひとつのPerformance》であると感じます。
観客に「伝える」為だったら…
白魔女明菜は 
型に囚われず  
《何だってやる気持ち》が
溢れだすのです

▼以下は『赤い花』歌詞の抜粋ですが… 
  『赤い花』の歌唱法の視点で述べれば…

 ●ビブラートは ナチュラルに かかっています。
   説明の都合上 『赤い花』のビブラートVibrato の強さについては
   下述の抜粋歌詞の中で
   ~~~~印箇所⇒かなり強めのビブラートVibrato
   ~~~印箇所⇒やや強めのビブラートVibrato
   ~印箇所⇒弱めのビブラートVibrato
   と云う表示にしました

ーひとりきり すくいあげる⇒「歌い出し」低音域スタートです     
  指のあいだ こぼれてゆく日々⇒低音域中心の歌唱です

  あのひとが 残したのは⇒低音域中心の歌唱です
  光さえも 呑み込む砂漠よ⇒低音域中心の歌唱です

  あぁ 心は泣き叫ぶけれど
  こんな乾いた世界じゃ
  どんな声も響かない~ー←この詞句の~印箇所⇒弱めのビブラートVibratoで歌っています

………………………………
………………………………
………………………………
………………………………

  最後の涙をあげましょう
  二度と咲かない花のために
  赤いその色が 溶けるまで ~ー←この詞句の~印箇所⇒弱めのビブラートVibratoで歌っています
  せめて 見届けさせて~~~ー←この詞句の~~~印箇所⇒やや強めのビブラートVibratoで歌ってい  
ます(やや高めの音域が感じ取れます)
  めぐりあう偶然は⇒低音域中心の歌唱です
  優しさにも ナイフにも変わる⇒低音域中心の歌唱です

  耐えられぬ いたみでも⇒低音域中心の歌唱です
  どうしてなの 追いかけてしまう⇒低音域中心の歌唱です

 ーねぇ あたしをいっそ切り裂いて⇒低音域中心の歌唱です
   何も感じないほどの 傷をつけて 去っていってよ~ー←この詞句の~印箇所⇒弱めのビブラートVibratoで歌っています(やや高めの音域が感じ取れます)

  今は お願い おしえないで
  すべてを捨てて行ける理由を
  遠く輝いた 愛までも 嘘と 言わないで⇒(やや高めの音域が感じ取れます)

 ー最後の涙が落ちたなら
  二度とあなたが見えないように
  歩き続けるの どこまでも
  錆びた 景色の中を~~~ー←この詞句の~~~印箇所⇒やや強めのビブラートVibratoで歌っています(やや高めの音域が感じ取れます)


………………………………
………………………………
………………………………

最終詩句ー最後の涙をあげましょう
        二度と咲かない花のために
        赤いその色が 溶けるまで
        せめて 見守りたいと~~~~ー⇒この詞句の~~~~印箇所⇒かなり強めのビブラートVibratoで歌っています(やや高めの音域が感じ取れます)

▼低音域の声の響きが 《地に根を張った存在感のある声》となって聴こえて来ます…
それゆえに… 
低音域の声の響きが 寂しさの中に強さも感じるような雰囲気を出していて…《『狂おしい渇愛』の中で訴える『求愛の叫び』》の強さが感じ取れます。

▼《⁂白魔女明菜》の《歌唱と歌姿》から受け取った《イメージImage》を
《改訂版・『赤い花』の主人公の独白》と云うカタチで
《自分なりの詩文》を書き綴れば…

《改訂版・『赤い花』の主人公の独白》↓

ひとりきりになってから
両手で 愛を掬い上げようとしても
両手の指の隙間から
こぼれ落ちていく愛がありました

《⁂白魔女明菜》は
こぼれ落ちていく『愛のカケラ』となり…
《『狂おしい渇愛』から 『滴り落ちる赤い血』で
《真っ赤に染まった『愛のカケラ』》の
ひとひら ひとひらが
宙を 舞いながら
さまよっています

あのひとが立ち去ってから
わたしに残っているものは…
《光さえも呑み込む砂漠》のような気持ち
わたしの心は 泣き叫ぶけれど…
こんな乾いた世界じゃ… どんな声も響かない!

せめて 今は…
《愛してくれたこと》を 嘘だと教えないで!
せめて 今は…
わたしを いっそ切り裂いて!
何も感じないほどの…傷をつけて去っていってよ…
わたしの体と心に
《あなたが愛してくれた証拠》を刻んでほしいから…

最後の涙を あなたにあげましょう
『真っ赤な愛のカケラ』が 溶けるまで…
せめて…見届けさせて!
二度と咲かない『真っ赤な愛のカケラ』だから…
『真っ赤な愛のカケラ』の
ひとひら ひとひらが
溶けて無くなってしまうまで…見守りたいと思うから…

滅びゆく前の
一瞬一瞬の『今の愛』を
閉じ込めたまま
永遠の眠りの中で…
美しく死なせて!
《二度と咲かない『真っ赤な愛のカケラ』》にならないうちに…
だからこそ…
耐えられぬ いたみでも
追いかけてしまうの~

《『狂おしい渇愛』から
『滴り落ちる赤い血』で
《真っ赤に染まった『愛のカケラ』》の
ひとひら ひとひらが
宙を 舞いながら
さまよっているけれど…
『非情な時の流れ』の中で
《真っ赤に染まった『愛のカケラ』》の
ひとひら ひとひらが
舞い落ちて…土のなかに埋もれ
朽ち果ててしまいます
狂おしく あがいても
《こぼれ落ちてゆく『真っ赤な愛のカケラ』》になるのだから…

▼《⁂白魔女明菜》の《歌唱と歌姿》から受け取った《イメージImage》を
自分なりの詩文で書き綴れば…
  
ー愛を…手に入れようとしても
 《こぼれ落ちてゆく愛》があって
 《こぼれ落ちてゆく愛》の
 《哀しさ・切なさ・虚しさが混ざり合った『痛々しくも狂おしい渇愛』の情念》は
 《痛々しくも狂おしい『求愛』の叫び》であって
 歌う《⁂白魔女明菜》の『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』に
 歌う《⁂白魔女明菜》の『顔の表情』や『身のこなし』や『眼差し』に
 《痛々しくも狂おしい『求愛』の叫び》の『情念表現』が溢れ出ていて…
 『痛々しくも狂おしい渇愛』と
 《痛々しくも狂おしい『求愛』の叫び》には…
 《限りなく重い『哀しさ・切なさ・無常感』》が溢れています

●『赤い花』と云う《性愛の移りゆく姿を表現する歌》についても
歌姫明菜worldの奥底には
《唯美主義》の要素があり
《情感的美の世界》・《歌姿的美の世界》・《官能的美の世界》等を感じ取っているけれど・・・
『腐敗した情熱の〈死にぎわの告白〉や〈妄執のもたらす狂気寸前の幻覚〉』と云うデカダンスdécadenceの香りはしません。
何故か?

《性愛の移りゆく姿を表現する歌》についても
《⁂白魔女明菜》の歌唱表現の奥底には…
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)❷抒情性(リリシズム lyricism)❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》などが
脈々と流れているからであります。
❶ポエジー poesy:詩の世界のもつ情趣。詩情(=詩のもつおもむき。また、詩的な味わい 。⇒詩とは 人の心に訴え,心を清める作用をもつもの。)
❷《⁂白魔女明菜》が歌う『赤い花』の《抒情性(リリシズム lyricism)》には
《限りなく重い『哀しさ・切なさ・無常感』》が溢れています。
❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」の中で・・・
《⁂白魔女明菜》が歌う『赤い花』には
恋人に逢えず、寂しさに耐えられぬ《哀しさ・切なさ・虚しさが混ざり合った『痛々しくも狂おしい渇愛』の情念》が溢れ出ていて…
過ぎ行く時の流れの中で
性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》も溢れ出ていて…
それ故に・・・
私は
かえって 《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです!

▼《⁂白魔女明菜》の《哀しさ・切なさ・虚しさが混ざり合った『痛々しくも狂おしい渇愛』の情念》は
  歌う《⁂白魔女明菜》の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて
  《⁂白魔女明菜》の『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  《⁂白魔女明菜》の『表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  めくるめく《性愛夢幻world》の中に誘われるようです

  《⁂白魔女明菜》の《まごころ》は
  消えることがなく
  魂から 魂へと つながつてゆく
  それが
  《⁂白魔女明菜》の《まごころ》の姿

▼エピローグEpilogue
 『赤い花』を最初に視聴したときは…
 かなりの衝撃を感じてしまって 
 『赤い花』のレビューを書き綴り始めれば 
 『赤い花』Worldに吸い込まれる恐怖さえも予感して…
 レビューを書き綴りたくない気持ちが強かったけれども…
 逃げ続ける私に対して 
 『赤い花』Worldが追っかけてくる夢を見てしまったので 
 今回 再レビューをする決心をしました。
さて この試みが どれだけ皆様に伝わるかどうか?…不安でありますが…
このサイトの明菜ファンの皆様に甘える気持ちだけを 頼りにして 再びレビューを書き綴る決心をしました。

『ステキな恋の忘れ方』再レビュー~別の視点も取り入れたけど 伝わるかどうか不安です~ higasi

2018/09/11 (Tue) 18:21:45

【改訂版・私説・歌姫明菜world】~カバー・アルバム『Belie(ブライ)』(2016年リリースDVD)収録曲『ステキな恋の忘れ方(DVD)』レビュー~↓
(私なりに 新しい気持ちで…いま気づいた別の視点も取り入れて 再び レビューを書き綴る決心をしました。
さて この試みが どれだけ皆様に伝わるかどうか?…不安でありますが…
このサイトの明菜ファンの皆様に甘える気持ちだけを 頼りにして 再び レビューを書き綴る決心をしました。)
以下に述べる事柄は かなり長い文面になってしまいました。
お暇な折に 目を通して頂ければ 幸いです。

▼《⁂白魔女明菜》の《歌唱と歌姿》から受け取った《イメージImage》を
自分なりの詩文で書き綴れば…

口づけを…
遊びのように
早く…終らせて~

せめて…少し淋しそうに
あなたの そばで踊らせて~
恋の花が 散り落ちないうちに…

あなたに聞いてみたいのは
ステキな恋の忘れ方
それとも
あなたの愛は
私の胸に刻まれたの?

…ここまでは 私も 自分なりの詩文で書き綴ることが出来るけれども…
『ステキな恋の忘れ方』の歌詞には 
特に 詩的な感覚表現が溢れていて 
別のコトバで解釈を出来ないので…
以下に[《『ステキな恋の忘れ方』の歌詞と歌唱姿》から感じ取った『私のイメージImage』]を書き綴るしかないと思いました。

最初の詞句から…
最終詞句ー遠く流されてゆく
       今はなにもかも 忘れるように
       眠らせて
       眠らせて~~~~ーまでの歌唱姿 全てを視聴してから…
しばらくは…《⁂白魔女明菜》の《歌唱と歌姿の余韻》に陶酔していました!
「陶酔?」…「こんな大袈裟なコトバ…ダサいよ!」と叫ぶ方々がいるかも…
と感じながら…私は本当に真面目に 「陶酔と云うコトバ」で表現したいと想ってるんですよ。
「陶酔と云うコトバ」で表現したいと想った根拠は…
《⁂白魔女明菜》が表現する《『ステキな恋の忘れ方』の「歌唱と歌姿」》の中に
以下に述べるような感動を感じ取ったからであります。

▼《『ステキな恋の忘れ方』の「歌唱と歌姿」》においては…
性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《切ない情念の叫び》が
そのままに表現されているけれども・・・
《はかなく零れ落ちそうな愛・はかない求愛・はかない渇愛》も同時に感じ取っていて…
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

更に又
《はかなく零れ落ちそうな愛・はかない求愛・はかない渇愛》の情感は
歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて…
たとえば
ーあなたに聞いてみたいのは
 ステキな恋の忘れ方
 それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~ーと云う歌詞の中で
『それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~』と歌うとき
その歌唱姿には…《切なく訴える渇愛の叫び》を感じ取っていて…
《切なく訴える渇愛の叫び》には…
《はかなく零れ落ちそうな愛・はかない求愛・はかない渇愛》の情感も…同時に感じ取っていて…
『それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~』と歌うとき
『それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~』の詞句の
~~~~の箇所は
特に
《切なく訴えるビブラートVibrato》で歌っています
《切なく訴えるビブラートVibrato》には…
《⁂白魔女明菜》独自の『情念のうねり』が含まれていて
その『情念のうねり』は…
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』になっています。

《『ステキな恋の忘れ方』の「歌唱姿」》においては…
《『切なく訴える渇愛の叫び』の情感》と
《『はかなく零れ落ちそうな愛』の情感》と
《『はかない求愛・はかない渇愛』の情感》と云うような
《混ざり合った情感》の中で…
ゆらゆれる『情念のうねり』が
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』になっていて…
『それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~』の詞句の
~~~~の箇所が
特に
《切なく訴えるビブラートVibrato》で歌われています

最終詞句
ー遠く流されてゆく
 今はなにもかも
 忘れるように
 眠らせて
 眠らせて~~~~ーの詞句の
~~~~の箇所を
特に…
ながい溜め息を
切なく吐き出すように
ながい吐息を
切なく吐き出すように
歌っていて
ビブラートVibratoも ナチュラルに かかっていて…
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』の中に
私の心身が溶け込んでゆくようです

ー今はなにもかも
 忘れるように
 眠らせて
 眠らせて~~~~ーの詞句には

性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《切ない情念の叫び》が
そのままに表現されているけれども・・・
《『はかない求愛・はかない渇愛』の情感》も同時に感じ取っていて…
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

《⁂白魔女明菜》の歌声から溢れ出る《情感の震え》が
その『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
はかなくて 危うくて 美しくて
《⁂白魔女明菜》の歌唱姿の『顔の表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
はかなくて 危うくて 美しくて
《めくるめく性愛夢幻world》の中に誘われるようです

《⁂白魔女明菜》の…《まごころ》から溢れ出る情感は
魂から 魂へと つながつてゆく
それが…《⁂白魔女明菜》の…《まごころ》の姿

哀しさと寂しさを
ひとつひとつ癒してゆく…《⁂白魔女明菜》の歌姿は…
はかなくて 危うくて 美しくて
《めくるめく性愛夢幻world》の中に誘われるようです

▼更に又 《『ステキな恋の忘れ方』の「歌唱と歌姿」》について
もっと具体的に
もっと感覚的なコトバで書き綴れば・・・
『ステキな恋の忘れ方)を視聴していると
たとえば
まるで
寝姿から目覚めたばかりの明菜が
寝姿から少しずつカラダを持ち上げたり
顔を持ち上げたり
寝姿のカラダをあちこちに動かしながら
まるで自分に向かって
あなたは どう感じる?
あなたは どう想う?と
問い掛けたり
語り掛けたりしているように感じてしまって
寝姿から目覚めたばかりの
明菜の顔の表情に
寝姿から少しずつカラダを持ち上げる姿に
妖艶な美しさがあって
歌っている最中でも
寝姿の体全体を
妖艶に動かしながら
その顔の表情 その眼差しで
ジーッと見つめらているように感じて
目で訴えて来るように感じて
艶めかしく動く姿は
男を惑わすような妖しい美しさを醸し出しているけれども
決して低俗な肉感的表現に陥ることがない

《⁂白魔女明菜》が
この歌詞の
最後のフレーズで
『眠らせて~~~~』と歌うとき
その声に
細かい息遣いや声の震えなども
感じてしまって
まるで
その『ため息を漏らすような声の震え』に
ー滅びゆく前の
 一瞬一瞬の『今の愛』を
 閉じ込めたまま
 永遠の眠りの中で
 美しく死なせて~~~~ー
と云う《切ない情念の叫び》を感じ取ってしまうのです

『ステキな恋の忘れ方』の
歌唱映像を観ていると
この唄を歌う直前に
《⁂白魔女明菜》の口元が
声もなく何か呟くように動くのが
見えてきますが
その《声のない呟き》については
まるで
この歌詞の最後のフレーズの
『眠らせて~~~~』と呟いている様に
聴こえて来るのです

⁂私は なぜ 明菜のことを 《⁂白魔女明菜》と云うのか?…
《その根拠について》御理解出来ない方々は…
このサイトの意見交換BBSのワード検索に白魔女明菜と入力すれば…
《その根拠についての記述》が読み取れます。
《その根拠についての記述》を 信じるか信じないかは あなた次第ですけれども・・・

▼別の視点から書き綴れば・・・

●《『ステキな恋の忘れ方』の『官能的性愛夢幻world』》には
視聴者・私の官能的感覚も掻き乱されて
官能的陶酔感を味わったり
官能的な渇きを味わったりして
動揺することもある訳ですが・・・
このままだと・・・もちろん 私は 《⁂白魔女明菜》を嫌いになるでしょうが・・・
《『ステキな恋の忘れ方』の『官能的性愛夢幻world』》には
《『腐敗した官能的陶酔感』の『死にぎわの告白』》や《妄執のもたらす狂気寸前の『官能的陶酔感の幻覚』》と云うような《デカダンスdécadenceの香り》はしません。
それだからこそ
《『ステキな恋の忘れ方』の『官能的性愛夢幻world』》を
嫌いになることはないのです

●《『ステキな恋の忘れ方』の『寝姿からの表現』》が 官能を刺激する

以下に述べる内容について
もしも不快な想いを感じ取った方々がおられましたらば
どうか御容赦下さい

そもそも
このサイトで
私が述べる《官能》とは…
聴覚・嗅覚・視覚・触覚など
《感覚器官を通して得られる感受性の度合》であります

『アルバムBELIE』全体で
『⁂白魔女明菜』の歌唱映像を視聴していると
《『⁂白魔女明菜』と『同じ時間を生きている感覚』》を味わうことになり
特に
『ステキな恋の忘れ方(DVD)』を視聴していると
《『⁂白魔女明菜』の『寝姿からの表現』》が
私の官能を刺激しました
これは
『⁂白魔女明菜』の《新しいパフォーマンス》だと感じ取りました

●『ステキな恋の忘れ方(DVD)』で感じ取った『⁂白魔女明菜』の《新しいパフォーマンス》とは?

『寝姿からの表現』において…
Ⅰ:生身の明菜は、その唄に合った衣装を纏って、感情や意志を示す身体の動きや身のこなしとか、顔の表情で演じながら、唄を歌い、何らかの物語や主人公の情念などを、それこそ自分の全身で観客に伝える。
これは、演劇のなかで、女優が観客を前にして、舞台上で、なんらかのメッセージや感情などを表現し伝達しようとする一連の行為と同じである。
すなわち、『ステキな恋の忘れ方』を視聴していると
《生身の明菜の歌唱表現は、明らかに演劇的表現そのもの》である。
これこそが《『⁂白魔女明菜』の存在価値を証明している》と断言したいくらいだ。
このような演劇的表現力は、『ステキな恋の忘れ方(DVD)』で、以前よりも明らかに進化している。
このような演劇的表現力は、以前よりも、きめ細かくなり、多彩になり、明らかに進化している。

Ⅱ:私の見解では…

ー《明菜の演劇的表現=明菜の一挙手一投足、その舞う姿の能力=肉体的に動き回れる身体能力》が、歳を取れば歳をとるほど、減少してゆくと云うのは、自然の摂理であり、生きとし生けるもの、明菜であっても、この自然の摂理を受け取って生きていくしかないので、別のアプローチをして、『派手に動き回るパフォーマンスとは違う今の明菜が納得できる新しいパフォーマンス』が発見できるように祈るのみであります。ーと思っておりますが
『ステキな恋の忘れ方(DVD)』を視聴していると
《寝姿からの表現》に、『⁂白魔女明菜』の《新しいパフォーマンス》を感じ取りました。

Ⅲ:『⁂白魔女明菜』が歌う『ステキな恋の忘れ方(DVD)』を視聴していると、
①声が随分とマイルドに変わって、《低音でも、フッと力を抜いた滑らかな『*ファルセット』を使って歌うこと》が進化していると思います。
②《『アルバムBELIE』全体で 感じ取ったボーカル》を述べれば…
《軽めのhusky voiceの『ウィスパーボイスwhisper voice=発声においてささやき声(whisper)・もしくはささやきに近い息漏れ声(breathy voice)》としては
マイルドで格段に聴きやすくなっているし、その分繊細なニュアンスも痛いくらいに伝わってくるし、
以前よりも進化していますが、
このボーカルは 大きなライブ会場では、伝わりにくいと思います。
もし この歌唱法でLIVEを開催するのならば、
澁谷パルコ劇場位の会場だったら、ファンに伝わると思います。
③50代の人生体験から溢れ出る『深みと切なさと、そして強さとしなやかさ。』これこそは、今の明菜だから表現できるのです。
*『ファルセット falsetto(イタリア語)=息漏れを多くした裏声で、優しいイメージです。』

Ⅳ:『ステキな恋の忘れ方』全体の歌唱法を述べれば…

❶『ステキな恋の忘れ方』のhusky voiceは
重いhusky voiceではなく
軽めのhusky voiceです
ちょっとかすれた声質です

❷地声の音域は
やや高めの音域。

❸歌声は 地声を活かした非常に息の多い発声。
息が多いと その分だけ声に《⁂倍音》が乗り、聴く人に心地よい感覚を与えます。
また、声も よく響きます。
鼻腔共鳴も強く
綺麗に 声が上方向に抜けるので、
綺麗な響きの声になっています。

❹『ステキな恋の忘れ方』を歌うとき…
口をあんまり開けずに歌っているため、
この響きが 切なさや寂しさを感じたりするのです。
口をあんまり開けずに歌うため、
やわらかで優しい声が響きます。
この響きが 切なさや寂しさや優しさを感じたりするのです。

❺ビブラートは ナチュラルに かかっています。
ただし…
『それとも愛は この胸に刻まれたの?~~~~』の詞句の
~~~~の箇所が
特に
切なく訴えるように 《強めのビブラートVibrato》で歌われています

最終詞句
ー遠く流されてゆく
 今はなにもかも
 忘れるように
 眠らせて
 眠らせて~~~~ーの詞句の
~~~~の箇所を
特に…
ながい溜め息を
切なく吐き出すように
ながい吐息を
切なく吐き出すように
歌っていて…
ビブラートVibratoも ナチュラルに かかっていて
ウィスパーボイスwhisper voiceも 感じることが出来て
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』の中に
私の心身が溶け込んでゆくようです

【改訂版・私説・歌姫明菜world】~『陽炎』レビュー~ higasi

2018/09/02 (Sun) 14:23:46

【改訂版・私説・歌姫明菜world】~『陽炎』レビュー〈TRUE LIVE1995年12月16日開催DVD〉~ 
▼プロローグ(かなり長文のプロローグですが あしからず)
明菜の《歌唱法の魅力》については 広まっていて理解しやすかったのですが
明菜の《声質の魅力》については 私も理解できない箇所が多くて悩んでいたところ…
あるボイストレーナーの分析を知ってから
私も 明菜の《声質の魅力》を
このサイトで 具体的に書き綴れるようになりました
そんな《個人的な理由》があって…
明菜の《声質の魅力》を理解してない頃に書き綴った《明菜の歌のレビューや明菜worldについて》は
《改訂版・私説・歌姫明菜world》として
《新しく書き直したい気持ち》が湧き上がって来たのです!
無謀な試みであることは 承知の上であっても…私に残された時間は たかだか あと6年位ですから…と云っても心配無用…余命を宣告された訳ではなく…平均寿命からして たかだか あと6年位ですから…私が元気に書き綴れる状態であれば 無謀な試みを続けようと思います。 

でありますから…明菜の歌について
…《既に述べた歌のレビューや私の見解など…『何度も繰り返して 同じ歌のレビューを書いてるよ!』》と云わないで下さい!
…上述のような私の《個人的な理由》を度外視しても 
《明菜の歌唱表現の姿》は 
現状に留まることはなく 
明菜自身が 《ココロの奥で 夢見てた世界》を目指して…変遷していって 
私達を感動させるのです!
以下の記述内容は 〈TRUE LIVE1995年12月16日開催DVD〉で歌唱された『陽炎』のレビューです。 
私は このLIVE・DVDの『陽炎』の歌姿・歌唱に感動していて 今でも忘れられないので レビューを書き綴ることにしました。
このLIVE・DVDの『陽炎』は 私が此の頃気付いた「明菜の声質・歌唱法の魅力」が溢れるバラード系の歌であったのも この『陽炎』のレビューを書き綴ることになった理由であります。
もちろん 明菜の《声質の魅力》を理解してない頃に書き綴った《明菜の歌のレビューや明菜worldについて》は 再び視聴し直して 明菜の魅力を発見できると思いますので 
今から楽しみが増えることに 嬉しく感じております。
とにかく 明菜姫の歌唱や歌姿には 奥深い《artistry=芸術性》がありますから…

▼『陽炎』 の歌詞は 明菜自身が書き綴っていますので…
全歌詞を掲載しても OKだと信じていますから
以下 全歌詞を掲載して レビューを書き綴ります

〇先ず 歌詞内容の視点から述べます
『陽炎』 の全歌詞では…
ーひかる道 彼方 陽炎景色
 愛しさを おいて 今は抜け殻ね
 夢を追うことは 誰にも出来ると
 強さで守った 笑顔 引きずってた

 あんなに あなた 愛した私
 幸せと 思えるの 今でも…

 Mm Mm… Mm…

 かさねゆく 愛を 身に纏いながら
 冷めた唇で 探す情熱を
 滲むフォトグラフ 二人の笑顔
 知る人もなくて 深い海の底へ

 あんなに ふたり 子供のように    
 あどけない 眼差しの 温もり

 全てが輝やき 時を 愛した
 私 幸せと 思えるの 今でも Mm

 Ah… Ah…


と云うように
《明菜自身が創った歌詞》で
過ぎ去った恋愛が語られます。

私が 『陽炎』 の歌姿から受け取った《イメージImage》を
自分なりの詩文で書き綴れば…

 陽炎景色のように… 
 両手の隙間から はかなく零れ落ちた愛を 取り戻すため
 切ない息遣いで 男に向かって 「訴える」ように歌うとき…


 その歌唱姿には…
 《悔い改めたい愛の姿=悔い改めたい心》があって
 『それを許して欲しい』と云う渇望も込めて…
 「訴える」ように歌うとき…
 《男に訴え掛ける『激しい渇愛の情念の炎』》が感じ取れます

 《男に訴え掛ける『激しい渇愛の情念の炎』》には…
ー愛を手に入れようとしても
 《こぼれ落ちてゆく愛》があって
 《こぼれ落ちてゆく愛》への
 《淋しさ・哀しさ・切なさ・愛しさ》が
 混ざりあって…
 歌う明菜の 息遣いや 溜め息や ささやきに
 明菜の情念が 溢れ出ていて…
《淋しさ・哀しさ・切なさ・愛しさ》ゆえに…
  《悔い改めたい自分の心》があって…
  《男に訴え掛ける『激しい渇愛の情念の炎』》が 
  《理性の支配》を焼き尽くして…
  《『こぼれ落ちた愛』を『取り戻したい渇望』》が 溢れ出るさまを…
《『このように揺れ動く情念』の 『次から次へと移り行く生の姿』》を…
   さまざまな『顔の表情』で
   さまざまな『目の表情』で
   さまざまな『まなざし』で
   さまざまな『声の表情』で
   さまざまな『手の動きや全身の動き』で
   舞台女優のように
   心を込めて 表現しています
   
   『陽炎』 の『歌唱や歌姿』では…
   フレーズごとに
   歌い上げたり
   つぶやいたり
   ささやいたり
   切なく ため息をついたり
   いまにも消え入りそうな 『はかない仕草』も見せたりして
   歌いつづけています

その情景には…
   Love storyの《One scene》を感じてしまいます
   だからこそ
   聴く人の心をわしづかみにして
   観客を
   明菜Worldに引き込んでしまうのです

▼ 『陽炎』レビューを 声質・歌唱法の視点で 以下に述べます
『陽炎』の歌い方は…
かなり息っぽいので
声帯はあまり閉鎖していませんが、
時にハスキーっぽく 《明菜の個性が際立っている声》が聴こえます。
ハスキーとは言えない程度ですが、《*ほんのりハスキー》です。


*この歌のhusky voiceは 
   重いhusky voiceではなく 
   ほんのりとした軽めのhusky voiceです 
   ちょっとかすれた声質です


地声の音域は
やや高めの音域。


歌声は 地声を活かした非常に息の多い発声。
息が多いと その分だけ声に《*倍音》が乗り、聴く人に心地よい感覚を与えます。
また、声も よく響きます。
鼻腔共鳴も強く
綺麗に 声が上方向に抜けるので、
綺麗な響きの声になっています。


歌声は明るい性質をしているのですが、
特に
『陽炎』の唄を歌うとき…
口をあんまり開けずに歌っているため、
この響きが 切なさや寂しさを感じたりするのです。
口をあんまり開けずに歌うため、
言葉をさり気なく そーっと置いていくように歌っています。
言葉をさり気なく そーっと置いていくと言っても やわらかで優しい声が響きます。
この響きが 切なさや寂しさや優しさを感じたりするのです。

《*Vibrato》は Naturalに かかっています。


ちなみに
私は
《*明菜のビブラートVibrato》を
《歌唱をする場合に 音の高さを ほんのわずかに 連続的に上下させながら 震えるような声質を出す技法である》と感じています。
技法的には このように捉えていますが
明菜の場合 この技法に 明菜独自の『情念のうねり』が含まれているからこそ
『*明菜ビブラートVibrato』と呼ばれるのです。
『情念のうねり』は
私にとって 『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』であります。

そもそも
ここで云う《*倍音》とは・・・
鳴っている音以外の、人の耳には聞きとれない音。
倍音がどう鳴っているかで 《声質の音色》が変わります。
倍音が多い声は 明るく響き
倍音が少ない声は 丸くぼやっとした《こもった声》になります。
共鳴は 倍音の量によって決まり
美しく豊かな声は 倍音が多いと言われています。

歌の場合は体が楽器ですから
倍音を出すには 体のある部分の「空間」を使って響かせます。
声を出せば、まず声帯が振動しますよね。
振動で生じた音を 口の中や喉、鼻腔などで共鳴させます。
共鳴すると 倍音が生まれます。

こういった倍音がしっかりと鳴っていると
人は心地よさを感じるそうです。

人を癒やしたり 感動を呼ぼうと思うなら
倍音を上手く活用する必要があると云われます

倍音発声は 発声する本人も 聴く人も 心地よく癒されます。
倍音発声は 究極の《癒しの声》だと思います。


『陽炎』を歌う
明菜の声質には…
倍音発声が溢れているので
明菜が歌う時
私が癒されている訳です

特に…
『陽炎』の唄は
「語り掛ける」ように 
「ささやく」ように
歌っています

この歌詞の
Mm Mm… Mm…の箇所や
Ah… Ah…の箇所では
特に…
ながい溜め息を
切なく吐き出すように
ながい吐息を
切なく吐き出すように
歌っていて
まるで
私の耳元に
ながい溜め息や
ながい吐息の感触を
感じてしまって…
私の心身が
その溜め息に
その吐息に
包み込まれてしまって…
私の心身も…
ゆらゆれる陽炎に なってしまいそうです

語り掛ける言葉や声に
その溜め息に
その吐息に
限りない情感表現があって…
歌声に《*倍音》も乗っていて… 
ウィスパーボイスwhisper voice〘=ささやき声(whisper)・もしくはささやきに近い息漏れ声(breathy voice)〙も取り入れて
微妙な声の揺れ、息吹、かすれ等も上手く使って、
情感豊かに歌っています
《淋しさ・哀しさ・切なさ・愛しさ》の『情感の震え』は
《微妙な声の揺れや 息吹・溜め息・吐息・かすれ・息遣い》で表現されていて…
《淋しさ・哀しさ・切なさ・愛しさ》の『情感の震え』は
《歌う明菜の『まごころ』から溢れ出る『情感の震え』》であります。

それゆえに…
明菜の声質は 
私の感覚を震わせて 
心の奥に滲みこんで来るのです  

《明菜さんに訴えたい事》に追加したい私の願望 higasi

2018/08/27 (Mon) 20:08:00

【私説・歌姫明菜world】~《明菜さんに訴えたい事》に追加したい私の願望~
▼プロローグ
そもそも インターネット上で検索すれば・・・
《歌、唄(うた)とは、声によって音楽的な音を生み出す行為のことであり、リズムや節(旋律)をつけて歌詞などを連続発声する音楽、娯楽・芸術のひとつである。歌謡(かよう)、歌唱(かしょう)とも言う》の説明文が表示される。
私の見解では
ー「歌う」ことは、《感情を表現することを最大の目的》としており
理智的なメッセージを伝える場合でも
感情表現を含むイメージの中で
理智的なメッセージを伝えるのが
《歌手の歌う唄》である―と考えます。
ちなみに
私が
明菜の「歌謡」と云わずに
明菜の「歌唱(かしょう)」と云う理由は
明菜が歌う唄には
娯楽性(=Entertainment)と芸術性(=Artistry)があり
それゆえに
私なりに 敬意を込めて
明菜が「歌う」行為を
「歌唱(かしょう)」と云っています。

▼私は 2018/08/24 に 《明菜さんに訴えたい事》の文面で
明菜さんには
これから毎日
①『歌の神様』に お祈りしてもらって・・・心の奥でお祈りしてもらって・・《心を安らかにしながら・・・心身の健康が良い方向へ向かうようにお祈り下さい》・・・
②信じる者は救われる・・・たとえ それが心からできなくても…祈ることは 出来ます・・・『歌の神様』に 祈ることは 出来ます・・・《歌の神様の光が 明菜さんの心身を包み込むように 祈っています!》・・・と述べました。

ところで
私は
何故
①『歌の神様』に お祈りしてもらって・・・心の奥でお祈りしてもらって・・《心を安らかにしながら・・・心身の健康が良い方向へ向かうようにお祈り下さい》・・・と述べたのでしょうか?
②信じる者は救われる・・・たとえ それが心からできなくても…祈ることは 出来ます・・・『歌の神様』に 祈ることは 出来ます・・・《歌の神様の光が 明菜さんの心身を包み込むように 祈っています!》・・・と述べたのでしょうか?

以下に 順を追って説明していきます。(かなり 長文になりますが…あしからず)

既述した《明菜さんに訴えたい事》に追加して…
以下に 《私の願望》を書き綴れば・・・

表現者・歌姫明菜は
《どんな想念・どんな表現思考》を抱けば
《表現者・歌姫明菜の表現》が《輝く方向へ行くのか》について
《プロ歌手としての表現者・歌姫明菜》の視点で 以下に述べたいと思います。

人生は芸術だと思えば 豊かな人生を生きられると思います。
特に明菜にとっては このコトバが生きる力をもたらすと考えます。
明菜自身が 《表現者・歌姫明菜》であり
明菜自身が プロ歌手としての芸術性(=Artistry)を持ち合わせているからです。

芸術とは、わかりやすく言えば「こころ」の表現手段だと思います。
それが他人のこころに伝わった時に人々から賞賛されるのだと思います。
だから芸術は「感動」を人に伝えていく事のように思えます。
「感動」が無ければ、人の心を動かす事が出来ないからです。

Artist歌姫明菜にとっては
自身の歌唱が完成するまでの間、試行錯誤の連続もあるでしょう。
困難が大半を占めることもあるでしょう。
上手くいかないことだらけで、否定されたり、精神的に追い詰められたり、肉体的に ひどく疲れて 苦しむ場合もあるでしょう。

▼そもそも 表現活動には 心を癒す側面(=カタルシス)があります。
何故か?
表現すること自体には・・・
感情を発散すること、体と感情を解放すること、自分自身を見つめること、自己の気づきを深めること、などの効果があると思います。

カタルシスとは
表現活動によって
心が浄化されていくこと意味し
蓄積された感情を開放することにより
心の中をすっきりとさせる事です。
カタルシスは
単に嫌な感情を取り除くということではなく
感情に伴った経験を浄化という形で、私たちに受け止めることを促すのです。
カタルシスは
自己の創造性を伸ばすことで
生きるエネルギーを活性化させることができると考えます。

《歌唱表現活動によって創造力を刺激すること》が 《何よりも感覚的に楽しいことだと云うイメージを抱く方向》に持っていって
《歌唱表現世界で 楽しい夢の感覚を掴む方向》に持っていって
例えば…子どもが夢中になってイメージの世界で遊んでいるように
明菜であっても・・・
自分の好きなもの(=歌唱表現)を創り出している時は
その《歌唱表現世界で 楽しい夢の感覚を掴む方向》へ持っていけるように出来れば
何よりも
《創造力が生きる力に直結していくポジティブな要素》になります。
《創造力が生きる力に直結していくポジティブな要素》を大切にすることで
自分に
《心の栄養》を補給していけるのです。

どんなに深い心の傷を負っていても
自らの潜在的な回復力、創造性を信じて伸ばしていけば癒されていくのです。
そしてアーツ(芸術)と表現は我々の癒しの過程を促し支えいく不思議な力をもっているのです。

カタルシス(katharsis)は「心の中のわだかまりが解け、気持ちが浄化されること」という意味の言葉です。
「精神の浄化」と訳されることも多いです。
要するに「心のもやもやがスッキリと解消されること」という意味ですね。

もともと
カタルシスはアリストテレスが演劇用語として使った言葉で
「悲劇により精神を浄化すること」という意味でしたが
現在では様々な分野で使われています。
例えば心理学や精神医学の分野では
「抑圧された気持ちや記憶を言葉や行動にして解消すること」という意味で使われていますし
一般的にも「嫌な気持ちを解消すること」というような軽い意味合いで使われることもあります。
歌姫明菜の視点で云えば・・・
「歌唱表現活動をすることで 抑圧された気持ちや記憶を解消すること」と云う意味になります。

カタルシスの効果は
普段口にできない様々な思いを 表現を通して発散することで
心の苦しみが軽くなることです。
しかしなぜ、表現を通して発散することで、心が軽くなるのでしょうか。

歌姫明菜に対しては…
歌唱表現活動をすることで
《『過去や現在の悲しみの行き先』を見つけること》によって
心の中の『わだかまり』を解消して
気持ちを浄化させて欲しいと
心から祈っております。

①『歌の神様』に お祈りしてもらって…『歌唱活動の中に 明菜自身がカタルシスを感じ取れるように』・・・心の奥でお祈りしてもらって・・心を安らかにしながら・・・心身の健康が良い方向へ向かうように 『歌の神様』に お祈りして下さい!

②信じる者は救われる・・・たとえ それが心からできなくても…祈ることは 出来ます・・・『歌の神様』に 祈ることは 出来ます・・・歌の神様の光が 明菜さんの心身を包み込んで・・・『歌唱活動の中に 明菜自身がカタルシスを感じ取れるように』・・・心の奥でお祈りして下さい!

⁂エピローグepilogue:
たまには 偉そうなカッコいい事も云わせて下さい・・・以下ー -内の御コトバは 自分自身にカタル シス効果を期待して 書き綴っています・・・
ちょっとカッコ良すぎると感じた方々は 読み飛ばして下さい。
・・・蛇足ながら 付け加えますと
・・・上述の内容は 《歌姫明菜自身が有する歌唱表現活動の理念》と
正面衝突するかもしれませんが…
あくまでも 我儘なファン・私・老爺の願望でありますので…
上述の見解を無理に押し付ける意思はありません。
《歌姫明菜world》は 《明菜自身の意思》によって 《創造される世界》でありますから…

ー芸術家であろうと
芸術家でなかろうと
人生とは
様々な経験や知識を駆使して物事を判断し
自分の人生をクリエイト(創造)していくことだと思います。ー私は このコトバが好きです!

●追記↓
 上述の《『明菜さんに訴えたい事』に追加したい私の願望》は
 必要ならば 先ず休息を取り、必要ならば 医学的治療をしたあとで・・・
ー精神世界における《心を癒す効果=カタルシスの効果》が
 《肉体的に ひどく疲れて 苦しむ状態》や
 《精神的に追い詰められた状態》などの自然治癒力を促すことになるーと云いたかった訳であります。

『落花流水』レビュー(一番の願いは 明菜さんが元気に生きていくこと) higasi

2018/08/23 (Thu) 12:54:04

【私説・歌姫明菜world】
▼LIVE TOUR 2006~The Last destination(DVD)~の『落花流水』レビュー↓
(*明菜様への伝言⇒焦る必要は何もありません。一番の願いは 明菜さんが、元気に生きていくことです。)
  
●以下のー -内に 『落花流水』の歌詞の抜粋を掲載します
ー落ちてく花の気持ちがわかる
 もがく重みさえも忘れ
 目をいっぱいに見開いて立ってた
 力がぬけてゆくー

ー流れる水のように私を
 どこか遠く運んでー

ーああ無言の恋歌
 うれしい時も悲鳴上げる
 いま あなたを知ることが
 生きている証ー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーあなたの瞳に映る私
 息が触れると心を刺す棘が
 ひとつずつ消えてくー

ー生命の河の水にゆだねた
 木の葉の舟みたいにー

ーああ無言の恋歌
 邪険な時を忘れさせて
 もう昨日までの私
 反古にしてもいいー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●《落花流水》を
《『落ちる花』と『流れる水』》と読み取ると・・・
『落花』に 《『流水に 身を委ねたい』と云う『渇愛の情念』》があるならば
『流水』にも 《『落花を 水にのせたい』と云う『渇愛の情念』》があると感じ取れます。

さて 《落花流水》から
私が感じ取ったイメージを 
自分なりの詩文で書き綴れば・・・

 水辺に咲いた花があって
 そのひとひらが
 流れる水面に落ち
 《流れゆく水》に ゆだねて
 どこまでも下ってゆく・・・

 明菜は
 『落花流水』の世界で
 《水面に落ちていく花びら》になります…


 《『落花流水』の歌詞》にー落ちてく花の気持ちがわかるーと云う詞句があって…
 《水面に落ちていく花びら》は
 明菜の《『渇愛の情念』の『ひとひら』》であり
 《水面に落ちていく花びら》は
 時の流れに 身をゆだねながら
 昼も夜もなく ただよって流されてゆく
 《流れゆく水》は
 《留まることのない『渇愛の情念』が入り乱れた濁流》であり
 《流れゆく花びら》は
 《性愛の恍惚(こうこつ)感》を渇望しながら
 生命の河の《『流れゆく水』に委ねた『木の葉の舟』》 のように
 生命の河の水面に漂いながら 流されてゆくのです

●『落花流水』と云う《性愛の流れゆく姿を表現する歌》についても
歌姫明菜worldの奥底には
《唯美主義》の要素があり
《情感的美の世界》・《歌姿的美の世界》・《官能的美の世界》等を感じ取っているけれど・・・
『腐敗した情熱の〈死にぎわの告白〉や〈妄執のもたらす狂気寸前の幻覚〉』と云うデカダンスdécadenceの香りはしません。
何故か?

《性愛の流れゆく姿を表現する歌》についても
歌姫明菜の歌唱表現の奥底には
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)❷抒情性(リリシズム lyricism)❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》などが
脈々と流れているからであります。
❶ポエジー poesy:詩の世界のもつ情趣。詩情(=詩のもつおもむき。また、詩的な味わい 。⇒詩とは 人の心に訴え,心を清める作用をもつもの。)
❷明菜が歌う『落花流水』の《抒情性(リリシズム lyricism)》には
《もどかしい求愛・もどかしい渇愛 等の感情が入り乱れた胸に訴え掛ける直情的な深い情緒が伴うもの》が含まれています。
❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」の中で・・・
明菜が歌う『落花流水』では
恋人に逢えず、寂しさに耐えられぬ《もどかしい求愛・もどかしい渇愛》や
あるいは 《思慕の感じ・寂しい感じ》が表現されているし
過ぎ行く時の流れの中で
ー邪険な時を忘れさせて
 もう昨日までの私
 反古にしてもいいーと云うコトバに
性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》を感じてしまうのです!
それ故に・・・
私は
かえって 《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです!

●もっと具体的に
私が歌姫明菜worldに
《「デカダンスdécadenceの香り」を感じ取っていない理由》を述べれば
例えば
《明菜が歌う『落花流水』の奥底》に
《以下のー -内で述べる『明菜の情念』》を感じ取っているからであります。
ーはかない夢など見たくない
 浅い酔いなど欲しくない

 『火花散らす 今が欲しい
 理性の支配をしりぞけ
 火花散らす今の感覚が欲しい
 《今》を生きている《現在の一瞬》の中で
 生きていると云う感覚を
 全身で体感できる時間を
 生きる歓びを
 感じていたい


 身も心も
 生き切った後で
 《許される『美しい滅び』》となるように

 美しく咲き終わった後で
 《許される『美しい滅び』》となるようにー


●ともあれ、愛しあう過程として性愛がある。
愛ある性愛ゆえに その性愛は、 本源的に心地よく、素晴らしい。
性愛そのものを正面きって歌うとき・・・
誘惑的で 妖艶に輝く明菜がいます

●もちろん『落花流水』の表現世界も 
《歌姫明菜だけが創造できる『斬新な性愛夢幻world⇒舞台上の表現世界』である》と考えています。

*中森明菜様への伝言
  焦る必要は何もありません。
  一番の願いは 中森明菜さんが、元気に生きていくことです。

【私説・歌姫明菜world】~『水に挿した花』 レビュー~ higasi

2018/08/20 (Mon) 18:50:49

【私説・歌姫明菜world】
▼:YouTube上の《'91 Special Live》『水に挿(さ)した花』 レビュー↓

●明菜は・・・
『水に挿した花』を
歌っている最中で
 歌詞に潜む『情念や感情の差異』を
 歌詞のフレーズごとに読み解き
 その顔の表情、その一挙手一投足、で演じながら
 歌い続けていて・・・
 その歌う唄には
 細かい息遣いや声の震えなども感じていて・・・
髪・顔・手・腕などから
したたり落ちる《水滴の粒のひとつひとつ》が
まるで
明菜から滴り落ちる涙のように 感じてしまいます

●歌詞の視点から述べますと・・・

気配にめざめた 部屋のかたすみに
揺れ動く天使の
希望の光を見た

そして・・・ 
その希望の光は
儚くひらめいて
甘い声で語り掛けてくるので・・・
かって愛された日を
もう一度とり戻せると云う希望が出て来た・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
恋愛の罪・・・一人の恋が成就すれば 相手の一人は失恋して傷つくけれど・・・ 
それも
愛(いと)おしくなるわね・・・

ああ ごめんなさいね
ついてはゆけない
形をかえた痛み ふたたび手に入れるだけなので・・・

ー花瓶の花がしおれそうで 気にかかるの
 孤独で 水に挿(さ)すことさえ 忘れていた
 こうしてひとり 肩を抱いて
 夢をみるわー( ⇒この詞句に対しては・・・『今は何も考えずに、歌いながら、祈りなさい・・・祈りが 絶望を救う。希望が 絶望を救う。』と 云いたくなってしまいます!)

●『水に挿した花』の《今にも壊れてしまいそうな儚い渇愛》は・・・
  歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて
  《曲と明菜の人間性が一体となって迫ってくる歌唱》になっていて
  明菜の『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  明菜の『表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  めくるめく幻想のなかに誘われるようです

  明菜の《まごころ》は 消えることがなく
  魂から 魂へと つながつてゆく
  それが
  明菜の《まごころ》の姿

●更にまた・・・
 明菜の《『水に挿した花』の歌唱姿》は・・・
  『壊れてしまいそうな儚いガラス』のようで
  けれども
  美しいものが壊れるときに 
  粉々になるように・・・  
  その『粉々になる瞬間』が
  その『粉々に滅びゆく瞬間』が
  限りなく輝いているようで・・・
  『存在・非存在が表裏一体なこと』を表現する瞬間がありました。

【私説・歌姫明菜world】~『雨が降ってた・・・』レビュー~ higasi

2018/08/20 (Mon) 18:32:21

【私説・歌姫明菜world】~『雨が降ってた・・・』レビュー~
▼:YouTube上の'91 Special Live・『雨が降ってた・・・』レビュー
●『 雨が降ってた…』を 《歌詞のコトバ通りの解釈の視点》から述べれば・・・
 逃げるように
 愛をすてたのは私だけれど・・・
 あなたが今・・・ 
 私を見つめてることを 感じるようになって・・・
ーもっと素直になりたい
 あやまちさえ
 おそれずに・・・と云う自分になったので・・・
 
 私は・・・ゆるく たおれてゆくから
      悲しいくらい 強く 激しく
 私を・・・ただ 奪ってー と《大胆で激しい求愛のコトバ》で
          「訴える」ように歌うとき
          《胸に訴え掛ける直情的な情念の炎》が感じ取れます

と云う内容になりますが・・・《歌唱される歌詞》は
                 素晴らしい歌手に歌われてこそ
                 《歌詞のコトバの解釈を超えたもの=コトバだけでは捉えれないもの》を 
                 視聴者に伝えることが出来ると考えています。
⇒明菜は 
 《歌詞のコトバの解釈を超えたもの=コトバだけでは捉えられないもの》を 
 視聴者に伝えることが出来るから 歌姫と呼ばれ 
 私も 歌姫明菜のファンを続けています。

●歌い出しの前のファンの ・・・
 「あきな」「がんばれ~」「あきなさん」「がんばって~」の声に・・・
 偶然リンクしたかのような 『こんな(ファンの)愛しさに出会うなんて』のところで
 瞬時 明菜は かすかに涙ぐんでいるようです。
 この場面、聴いている方が涙します。
 たった一つの励ましのことばが・・・
 すばらしく感動する場面です。
 ミュージカルを観ているみたいで・・・感情表現が豊かで・・・情景が浮かんできます・・・

●さて《女主人公の内面世界の視点》で書き綴れば・・・
『雨が降ってた・・・』の歌唱姿には
  《悔い改めたい愛の姿=悔い改めたい心》があって
 『それを許して欲しい』と云う渇望も込めて・・・
 私は・・・ゆるく たおれてゆくから
      悲しいくらい 強く 激しく
      私を・・・ただ 奪ってー と
      《大胆で激しい求愛のコトバ》で      
      「訴える」ように歌うとき
      《男に訴え掛ける『激しい渇愛の情念の炎』》が感じ取れます

 YouTube上の'91 Special Live・『雨が降ってた・・・』の歌唱姿を観れば
 歌ってる明菜の表情が
 晴れやかに感じるのは 
 私だけでしょうか?

1曲1曲には、いろんな思い出があるし
あの事件の事も思い出すけど・・・
私は 歌の神様へ祈りつづけます・・・明菜姫が 《歌の光》で包み込まれるように・・・歌の神様へ祈りつづけます!

【私説・歌姫明菜world】~明菜ファンになるキッカケ~ higasi

2018/08/20 (Mon) 18:13:51

【私説・歌姫明菜world】~明菜ファンになるキッカケ&YouTube上の'91 Special Live『忘れて・・・ 』レビュー~
▼プロローグ
YouTube上の《'91 Special Live》は 私が明菜ファンになるキッカケでした。
何故 そんな風になってしまったのか?
今にして 思えば・・・
YouTube上の《'91 Special Live》において 
明菜の歌唱姿から
以下の《= =内で書き綴った内容》を感じ取っていたからだと
気付いております 
=明菜の歌唱姿の《抒情性(リリシズム lyricism)》は
  歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて
  《曲と明菜の人間性が一体となって迫ってくる歌唱》になっていて
  明菜の『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  明菜の『表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
  はかなくて 危うくて 美しくて
  めくるめく夢のなかに誘われるようです

  明菜の《まごころ》は 消えることがなく
  魂から 魂へと つながつてゆく
  それが
  明菜の《まごころ》の姿

  哀しさと寂しさを
  ひとつひとつ癒してゆく明菜の歌姿は
  はかなくて 危うくて 美しくて
  めくるめく夢のなかに誘われるようです=

今だからこそ
私は・・・
明菜の《'91 Special Live》の歌唱姿から感じ取ったイメージを
コトバで書き綴る事が出来て
上述《= =内で書き綴った内容》を感じ取っていたから
明菜ファンになってしまったと云えるのです!

▼:YouTube上の《'91 Special Live『忘れて・・・ 』作詞:中森明菜 作曲:羽佐間健二》レビュー

《歌詞本来の内容》によれば・・・

ー鏡に映る 私の肩には
 彼との思い出 消えかかってた

 新しい水着 買ったのに
 忘れたくて
 忘れたくて
 好きなデザイン変えてみたのに…

と云うように
彼や昔の想い出に未練があるようなストーリーになっています。

しかしながら
'91 Special Liveの時・・・
《歌詞本来の内容》に追加された《以下= =内の歌詞》に
《この時の明菜の『ファンに対するメッセージ』》が込められているのです!↓

=きょうは これでサヨナラだけど
  あと・ひとつだけ 聴いてほしい
  いろんなこと 心配かけて・・心から許してほしい
  このステージに立つ・きのうまで
  夢の中では 不安ばかり
  そんな私が いま浴びてるのは
  あたたかな風 みんなの笑顔
  忘れないで 忘れないで
  みんなへの この思い変わらない
  見つめていて 見つめていて
  あすからも 今までの・わたしでいるから=(⇒明菜の優しい気遣いが 溢れ出ています )

上述= =内の歌詞を歌い終わると・・・
舞台の正面・左右のファンに向かって 深くお辞儀をしながら・・・
『どうも ありがとうございました』と 心を込めて語りかけながら
立ち去っていく明菜の姿・・・・アウトロ(=楽曲の終わりの部分)のオルゴールの音色が 
いっそう悲しみを引き立てていました。


もちろん
上述= =内の歌詞は
'91 Special Live限定の歌詞であり
それ以外の場所では
公開されません

【私説・歌姫明菜world】~斬新な性愛夢幻world~ higasi

2018/08/18 (Sat) 02:58:51

【私説・歌姫明菜world】~斬新な性愛夢幻world~
Ⅳ:歌姫明菜の《斬新な性愛夢幻world⇒舞台上の表現世界》には 《愛の儚さ》を感じ取ってしまう
▼[1995年12月16日TRUE LIVE(DVD)]において
私が 《『月華』の歌唱姿に感動した理由》を述べれば・・・
このLIVEで歌唱する『月華』の歌詞の中には
ー「抱きしめて夢を見せて」 (最後まで---)
 「抱きしめて愛にふれて」 (狂おしくーーー)ーのように
(最後まで---)・(狂おしくーーー)と
 『合いの手』(コーラス)が入っていて
 この唄の《性愛の溢れ出る情感》を
 ストレートに感受できるからです

『月華』の歌詞
ー抱きしめて 夢を見せて
 抱きしめて 愛にふれて
 さみしさに 夢を見せて
 ためいきで 愛にふれてーには
その性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》が
そのままに表現されています

▼さて 以下の事柄は・・・
前提条件として
男女間の恋愛について
述べています(ただし それ以外の恋愛風景を 否定はしません)
説明の都合上
男女間の恋愛に限定しました

私が知る限りにおいて
歌姫明菜のように
《性愛のプロセス》を 
《ありのまま 直接的に 表現する歌手》は
ほとんどいないと思います。
ほとんどの歌手は 
恋愛風景について 
間接的に歌っています。
そんな訳で
女性の場合
それら恋愛風景が進行すると
恋が愛になって、少女が母になる。
恋が愛になって、その次の過程に 絶対あるはずの《性愛》と云うのは
正面きって表現するのが かなり困難であると思います。
ほとんどのLove songを聴いてみれば・・・
恋が愛になって、その次の過程に 絶対あるはずの《性愛》と云うのは 
正面きって表現せずに 
いわゆる《Platonic loveへと昇華するLove song》が多いと感じています
誤解しないで下さい・・・
私は決して
絶対あるはずの《性愛》と云うのを 
正面きって表現せずに 
《Platonic loveへと昇華するLove song》を 否定する訳ではないのです
歌姫明菜のように
《性愛のプロセス》を 
《ありのまま 直接的に 表現する歌手》は
ほとんどいないと云いたいだけなんです。

例えば
《大人の男性》が
《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》を
歌姫明菜に歌わせているだけならば
多分きっと猥褻で、下卑た歌になるのだろうけれども、
決してそうはなっていない。
歌姫明菜は極めて主体的であり、
歌姫明菜の声は しっとりと、愛に溢れている。
だから、妖艶な表現をするけれども、
絶対卑猥にはならない。
むしろ時には
高貴で崇高にすら感じている。

《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》についても
歌姫明菜worldの奥底には
《唯美主義》の要素があり
《情感的美の世界》・《歌姿的美の世界》・《官能的美の世界》等を感じ取っているけれど・・・
『腐敗した情熱の〈死にぎわの告白〉や〈妄執のもたらす狂気寸前の幻覚〉』と云うデカダンスdécadenceの香りはしません。
何故か?

《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》についても
歌姫明菜の歌唱表現の奥底には
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)❷抒情性(リリシズム lyricism)❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》などが
脈々と流れているからであります。
❶ポエジー poesy:詩の世界のもつ情趣。詩情(=詩のもつおもむき。また、詩的な味わい 。⇒詩とは 人の心に訴え,心を清める作用をもつもの。)
❷明菜が歌う唄の《抒情性(リリシズム lyricism)》には
《切なさ・哀愁・哀しみ・失った愛・取り戻せぬ愛・零れ落ちる愛・もどかしい求愛・もどかしい渇愛・愛の光・寄り添う愛・愛の吐息・愛の癒し 等の感情が入り乱れた胸に訴え掛ける直情的な深い情緒が伴うもの》が含まれています。
❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」
具体的に考えると、現在では どのようなものを「物のあはれ」なるものとしてみるのか。散っている桜花。秋の夜。寂しいところにいる、恋人に逢えぬ一人。
「物のあはれ」とは何なのか。
一つに、「物のあはれ」は平安時代のtaste―平安時代の美的判断の基準を表現する。
もう一つに、「物のあはれ」は 主に恋―あるいは性愛表現による、思慕の感じか寂しい感じ、を表現する。
三つ目に、「物のあはれ」は 時間の経過と それによる昔への憧憬を表現する。
この三つの要素から「物のあはれ」が成り立つ。

▼さて
《『月華』の歌唱姿》を 別の視点で書き綴れば・・・ 
上述❸のなかで 
《主に恋―あるいは性愛表現による、思慕の感じか寂しい感じ》を中心に表現していて
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

《『月華』の歌唱姿》においては 
性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》が
そのままに表現されているけれども・・・上述❷《抒情性(リリシズム lyricism)》も同時に感じ取っていて
《零れ落ちる愛・もどかしい求愛・もどかしい渇愛》も同時に感じ取っていて
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

いずれにせよ
明菜は 
男女ともに感じ取れる《斬新な性愛夢幻world》を
歌唱表現で創造しています。
これは実を云うと とても凄いことではないでしょうか?
ともあれ、愛しあう過程として性愛がある。
愛ある性愛ゆえに その性愛は、 本源的に心地よく、素晴らしい。
歌姫明菜は 
男女ともに感じ取れる《斬新な性愛夢幻world》を
歌唱表現で創造しています。
これは《歌姫明菜だけが創造できる『斬新な性愛夢幻world⇒舞台上の表現世界』である》と考えています。

そもそも「愛撫」と云うタイトルをつけて
下世話な印象にならず、しかもヒットさせてしまうのは 歌姫明菜のみである と思います。

Ⅴ:追記
 Ⅱで既述した『桜(びやく)』についても
 《歌姫明菜だけが創造できる『斬新な性愛夢幻world⇒舞台上の表現世界』である》と考えています。

『LIAR 』1989年5月18日TV放送分のレビュー  higasi

2018/08/18 (Sat) 02:42:44

【私説・歌姫明菜world】
Ⅲ:『LIAR(作詞・白峰美津子 作曲・和泉一弥) 』1989年5月18日TV放送分のレビュー↓~明菜姫が 《歌の光》で包み込まれるように・・・歌の神様へ祈りつづけます!~

『LIAR 』の主旋律(=曲の中心となる旋律)へ入る前に・・・
イントロ(序奏)として 
冒頭から約18秒位まで・・・ 
これからドラマティックな展開が始まるのではないかと、視聴者を一気に「つかむ」、ものすごく効果的で鮮烈な印象を与える《グリーグ作曲・『ピアノコンチェルト イ短調 第1楽章(作品16)』の『ピアノソロ・冒頭メロディー』》が 
そのまま耽美的artisticに鳴り響く。
・・・やたら緊張感のある《エキセントリックeccentricで情熱的なピアノの乱れ打ち》が 
そのまま耽美的artisticに鳴り響く。⇒《まるで これから始まる悲劇を予感させるようなメロディーである》 

冒頭から約18秒位まで・・・ 
《グリーグ作曲・ピアノソロ・冒頭メロディー》が 
そのまま耽美的artisticに鳴り響いたあとで・・・
『LIAR 』の主旋律(=曲の中心となる旋律)が始まり 
明菜の歌唱がスタートします。

TVの歌のセットは・・・ 
ピアノの鍵盤に模した階段に《ハープharp竪琴(たてごと)》を象徴するようなオブジェ。
手前の自動演奏のピアノは 曲の演奏に合わせて微妙に動いています。
この日の明菜は 《透かし模様のレースのような白い衣装》でした。
TVの歌のセットで
イントロのピアノに合わせて鍵盤のランプが流れるように点灯する・・・と云うのがあって・・・
これは一番好きなセットです。
ザ・ベストテン史上1、2を争うほどの白く美しい豪華なセット・・・
あまりに美しいセットゆえ
明菜姫の可憐さ・切なさ・苦しそうに立っている姿…が際立っているように感じます。

「もう貴方だけに 縛られないわ 蒼ざめた 孤独選んでも
次の朝は 一人目覚める それが 自由なのね」
「ただ泣けばいいと 思う女と 貴方には見られたくないわ
次の朝は 一人目覚める 愛は 悪い夢ね」ーと云う詞句を歌う明菜には 
ストレートな情感が溢れています
冒頭のピアノにしても
明菜が髪振り乱して 鍵盤を叩いている姿を思い浮かべてしまって・・・
私にとっては 強く印象に残っているのです。

1989年5月18日TV放送分の「LIAR」では 
痛々しいほどに 言葉が生々しく届いてきます。
可憐で傷ついた女性のようで、目を奪われます。

今となっては・・・この後の悲劇を予感させるようで・・・
1989年5月18日TV放送分の「LIAR」では 
まるで
明菜姫本人が書き綴った歌詞のように感じてしまいます。

初めて 1989年5月18日TV放送分の「LIAR」をYouTubeで視聴したとき 私は60代であり  
明菜姫を襲った 《この後の悲劇のこと》も知らなかった。
・・・でも《1989年5月18日TV放送分の「LIAR」》については
今でも 強く印象に残っているのです。

明菜姫が その時々に歌う「LIAR」を視聴した後では・・・ 
もちろん その時々に歌う「LIAR」にも感動するけれども 
そのあとで・・・上述のような《「LIAR」のレビューそのままの感動》も蘇ってくるのです。
《この後の悲劇のこと》を知ったのは 私が65歳位のときだったかな?・・・いま私は74歳の老爺であり
・・・だから 《この後の悲劇のこと》は 今の私にとって 《遠い昔の・思い出したくない出来事》になっています。

私は 歌の神様へ祈りつづけます・・・明菜姫が 《歌の光》で包み込まれるように・・・歌の神様へ祈りつづけます!

【私説・歌姫明菜world】~めくるめく夢~ higasi

2018/08/15 (Wed) 00:48:00

【私説・歌姫明菜world】
Ⅱ:『桜(びやく)』のレビュー~デカダンスの香りはなく めくるめく夢のなかに誘われる~

▼プロローグ
『桜』を 『媚薬と云うコトバ』で隠喩表現したいので
『桜(びやく)』と云う『歌詞タイトル』になったと思います。
『桜(びやく)』の詞句に
ーこころ こころ 春は媚薬
 溶ける 叫ぶ 行きつ戻る
 夢と うつつ ここはどちら
 舞い踊るのは桜吹雪ーと云う詞句があるからです

▼以下は 私が感じ取った事柄を
私なりの詩文で書き綴りました(歌詞内容の視点で 私が感じ取った事柄を 私なりの詩文で書き綴りました)↓

女主人公は桜を見ると
男性への性愛欲求が溢れ出して・・・
春は媚薬と呟き
春に舞い踊る桜吹雪は
媚薬となって
あきらめた恋を
よみがえらせて・・・
女心惑わす(男の?)細い指先を 思い出せば・・・
頬が染まります

夢に向かったり 現実に戻ったりして 
夢と現実の間で さまよいながら
ここは どちら?と さまよいながら
桜吹雪の中で
舞い踊っています

このように 辛いことだけを並べていると
《今も男を愛している自分》に
気づいてしまって・・・目が醒めてしまった・・・

それでも やはり・・・
夢に向かったり 現実に戻ったりして 
夢と現実の間で さまよいながら
ここは どちら?と さまよいながら
桜吹雪の中で
舞い踊っています

▼さて
『桜(びやく)』の歌詞の全てを掲載したいけれども
諸般の事情により
以下に『桜(びやく)』の歌詞の抜粋を掲載します

ー薄紅色した 夢のなかで
 あの人は冷めた接吻をしてきた
 あきらめた恋がよみがえる

 わがままな人で 素直じゃない
 やさしさも下手で わたし毎日
 寂しさ飲み干していたのに

 こうして辛いことだけ並べて
 忘れたいほど今も愛している自分に
 気づいたとき目が醒めた

 こころ こころ 春は媚薬
 迷う 騒ぐ 疼きたがる
 熱い 夢に 息をついて
 窓を開ければ桜吹雪

 辛子色をした 一輪挿しは
 あの人にあげるはずのものだった
 なぞれば冷たさ心地いい

 女心惑わす翳りと
 細い指先を思い出して頬が染まる
 誘われてる幻に

 こころ こころ 春は媚薬
 溶ける 叫ぶ 行きつ戻る
 夢と うつつ ここはどちら
 舞い踊るのは桜吹雪ー

▼「桜(びやく)」(作詩 夏野芹子 作曲・編曲 U-ki) は 
1997年3月21日にMCAビクターよりリリースされたSHAKER (アルバム) (CD)の9曲目になっていて
この曲の参加ミュージシャンは 以下の通り。

 プログラミング、アザー・インストゥルメンツ ・・・ U-ki
 エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター・・・Masato Yagi
*胡弓・・・ 篠崎正嗣
*胡弓【こきゅう】=日本の擦弦楽器。三味線を小さくした形で、馬尾の弓で擦奏する。
  三弦と四弦の二種があるが 私には三弦か四弦かの判断はできません。
  聞えてくるその音色は哀感に富んでいる。
  中国や朝鮮の同類の楽器をさして 胡弓【こきゅう】と云うこともある。
  膝の間に狭んだ三味線に似た絃楽器を 馬の尾を張った弓で こするようにして奏される。
  コーラス・・・ 新倉芳美

▼私が レビューする『桜(びゃく)』は
《felicidad AKINA NAKAMORI LIVE '97》で歌唱される《セットリストの10曲目》です。

舞台上での演奏から
私が判断できたのは・・・ 
『桜(びゃく)』で演奏される絃楽器を見た場合
膝の間に狭んだ三味線に似た絃楽器を 馬の尾を張った弓で こするようにして演奏される胡弓(こきゅう)ではなく
バイオリンで演奏されていて・・・
聞えてくるその音色は 哀愁感が漂うものでした
私は念のために 
YouTubeで胡弓(こきゅう)の音色を視聴しましたが
私の聴覚では・・・ 
このLIVEで演奏される《バイオリンの音色》と《胡弓(こきゅう)の音色》との差は
ほとんど感じ取れませんでした。
このLIVEの《バイオリン奏者の技術》が素晴らしかったのでしょう!
私は 自分の音楽的聴覚に自惚れていますから
《このLIVEのバイオリン奏者の技術》が素晴らしかったために
《このLIVEで演奏されるバイオリンの音色と胡弓(こきゅう)の音色との差は
ほとんど感じ取れませんでした!》と言い放つことにしました!
どうか 皆さん 御容赦のほど・・・
私が唯一自惚ることができるのは 音楽的聴覚のみ!
まあ・・・趣味は道楽・・・人畜無害の範囲で自惚れていますから・・・どうか 皆さん 御容赦のほど・・・

▼『桜(びゃく)』は
性愛を
《日本舞踊的歌姿の官能的美しさ》で表現していて・・・
《性愛の感覚的情感の波のうねり》が押し寄せて来て
《満たされる性愛の官能的陶酔感》を表現したり
《性愛の感覚的情感の波のうねり》が引いて行って
《満たされぬ性愛の官能的な渇き》を表現したりしていて・・・
視聴者を
《めくるめく性愛の官能的world》に誘い込んでいきます
でありますから・・・
視聴者・私の官能的感覚も掻き乱されて
官能的陶酔感を味わったり
官能的な渇きも味わったりして
動揺することもある訳ですが・・・このままだと・・・もちろん 私は明菜嫌いになるでしょうが・・・
『桜(びゃく)』における明菜の表現は
《官能的表現だけに囚われている》と感じ取っていないので・・・明菜嫌いになることはないのです

▼『桜(びゃく)』における明菜の表現から感じ取った事柄を さらに詳細に述べれば・・・

《めくるめく性愛の官能的world》の奥底には
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)❷抒情性(リリシズム lyricism)❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》
も 脈々と流れていて
上述の《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)❷抒情性(リリシズム lyricism)❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》は
歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて ⇒《曲と明菜の人間性が一体となって迫ってくる歌唱になっていて》
その『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
はかなくて 危うくて 美しくて
その『表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
はかなくて 危うくて 美しくて
めくるめく夢のなかに誘われるようです

《まごころ》は 消えることがなく
魂から 魂へと つながつてゆく
それが《まごころ》の姿

哀しさと寂しさを
ひとつひとつ癒してゆく明菜の歌姿は
はかなくて 危うくて 美しくて
めくるめく夢のなかに誘われるようです

▼別の視点から書き綴れば・・・
視聴者・私の官能的感覚も掻き乱されて
官能的陶酔感を味わったり
官能的な渇きを味わったりして
動揺することもある訳ですが・・・このままだと・・・もちろん 私は明菜嫌いになるでしょうが・・・
『桜(びゃく)』における性愛の官能表現には
《『腐敗した官能的陶酔感』の『死にぎわの告白』》や《妄執のもたらす狂気寸前の『官能的陶酔感の幻覚』》と云うデカダンスdécadenceの香りはしません。
それだからこそ
『桜(びゃく)』における性愛の官能表現を
嫌いになることはないのです

【私説・歌姫明菜world】 higasi

2018/08/13 (Mon) 14:07:05

【私説・歌姫明菜world】
Ⅰ:YouTube(2018/05/14 のpromotion video 公開動画)『あの夏の日』(歌姫ベスト 25th Anniversary Selection 2007年 )を視聴したレビュー↓
このpromotion video 風景の舞台装置・照明には
きっと 歌姫明菜の意図が反映されていると思います。
このpromotion video 風景を視聴していると・・・

歌姫明菜は
和服姿で
想い出に耽りながら・・・  
家の座敷の外側に設けた《細長い板敷きの縁側》に
ゆったりと横座りしている状況の中で・・・
 
《花瓶に差した庭の野花》を両手で持ったり 
時には
ウチワも片手で持って あおぐ仕草もあったり 
夕焼け空や 
時折揚がる花火や 
打ち寄せる波が見える《波打ち際の景色》や 
瓦ぶき家の
軒下の瓦から 
庭の野花に滴り落ちる雨脚や 
綺麗な風車が縁側で回る景色や 
軒下にある風鈴の景色など
懐かしい風景たちが
過ぎ行く時の流れの中で 
走馬燈のように甦って来たりして・・・
《『 過ぎ去った昔への憧憬』と云う『情感』》と
『日本の原風景』とが融合して・・・ 
《『 過ぎ去った昔への憧憬』と云う『日本的・物の哀れの美しさ』》が溢れ出る《映画の一コマ》のように感じ取っています。

ちなみに
以下❶~❸は
私の姉(=日本舞踊の名取)から採取した情報です。

❶50代以上~60歳=ちょうど、黒羽織(黒絵羽)が よく似合う年齢です。

❷着物のときの女性美は
 「なだらかな首のラインに、きれいなうなじ」であり、これは今も昔も 変わっていません。
(男性・女性を問わず、着物を着ている人がいると思わず目が行くのが
 「うなじ」と言われています。
 ですから、うなじが美しいと「着物がよく似合っている」という印象を持たれやすくなるのです。

❸日本人の髪色は、濃い茶から黒までのトーンが自然な地色です。
 そのため着物の色柄も、黒髪に似合う色調でデザインされています。
 着物が映えるのは、黒やダークブラウンの髪色と云えるでしょう。

上述❶~❸は
今の歌姫明菜の年代でも clear出来るのです!
それどころか、むしろ
和風的表現の魅力は 
50代の明菜だからこそ 
発揮できる箇所が
もっと沢山あると思います
50代の明菜には
より深い表現力があります
より繊細な表現力があります
和風的表現には 
より深い表現力・より繊細な表現力が必要になってくるからです

今の歌姫明菜様は
うなじが とてもきれいなので
着物が良く似合うのです!
ですから 
今の歌姫明菜様の
《あでやかで上品な美しさ溢れる歌姿》を 
歌唱動画映像で視聴したいと想っています

いつもは  
過去を振り返って
ノスタルジーに浸るタイプじゃないけれど・・・
『あの夏の日』を視聴すると
ノスタルジーの感情が溢れ出して
⁂高校時代のことを思いだしてしまう
 私は高校時代
 急に文学少年になった
 そして・・・
 『ある女性』を思い出す
 『ある女性』と云っても
 《初恋の女性》ではない

 私は
 高校2年生のとき 
 文芸部へ入部していて
 《詩と散文が入り混じった短編小説》を
 文芸部が発行する校内文芸誌に発表して
 作家気取りになり
 有頂天になっていた
 当時その『ある女性』は
 私が入部した文芸部を統率する責任者であり
 文芸部の部長であった

 いつもは  
 過去を振り返って
 ノスタルジーに浸るタイプじゃないけれども
 この曲『あの夏の日』を聴くと・・・
 夏のある一日の、
 何気ない、一コマ、
 何気ない、会話など・・・
 たとえば
 文芸部の仲間たちと
 《小説や詩や人生》について
 《色々と語り合った情景》が溢れだして
 《懐かしいノスタルジーの感情》が蘇ってくるのです

この歌の中に・・・
♪変わりゆく季節
変わらない想い
ずっと ずっと永遠に
というフレーズがあって、
ここで必ず《懐かしいノスタルジーの感情》が蘇ってくるのです

♪あなたが居た あの夏の日
空に咲く花火
舞い上れ 想い出たち

ー見上げる空にふわりと
 流れる風の香りは
 夏の日の残り香たち
 かすかにただよわせるの

 はるかに遠く遠く 季節はうつろい
 遠い遠い 過去になる

 あなたが居た あの夏の日
 空に咲く花火
 散っていく 想い出とも
 あなたと観た 夏の星座
 夜空を彩る
 忘れない 隣にいた
 あなたの声

 しずかにそっとそっと 月日は満たされ
 深く深く 刻まれる

 あなたが居た あの夏の日
 空に咲く花火
 舞い上れ 想い出たち
 あなたと観た 夏の星座

 あの夏の軌跡
 変わらない想い
 ずっと ずっと 今へー

*全ての歌詞を掲載したいけれども
 諸般の事情により それは出来ないので
 歌詞の抜粋で 我慢することにしました
⁂申し訳ありません・・・
  私事を長々と書き綴った箇所については
  どうか御容赦のほど。
  白魔女明菜が歌う《『あの夏の日』のhealing魔法の力》によって
  私事を長々と書き綴ってしまいました!

【私説・歌姫明菜world】 higasi

2018/08/09 (Thu) 18:53:41

【私説・歌姫明菜world】

▼中森明菜・マリオネット← 不思議より(1986年7月24日放送)《TVの歌番組で放送したものについてのレビュー》↓

●プロローグ(ちなみにマリオネット(marionette)とは 糸を使って操る人形)
私は 今回《『マリオネット(marionette)』の『ほぼ理智的なレビュー』》を Ⅰに述べようと思います。
《『マリオネット(marionette)』のほぼ感覚的なレビュー・私が気づかないレビュー》については 
以下Ⅱにおいて 私が賛同する《YouTube動画上のコメント欄》から採取したレビューを掲載します。

特に《『マリオネット(marionette)』のレビュ―》については 私を悩ませていて 自信がなかったからであります。
文字通り『不思議』だらけで 私の感受性で感じ取ったこと全てが コトバで表現できなかったからです。

Ⅰ:私が書き綴った《『マリオネット(marionette)』の『ほぼ理智的なレビュー』》
テレビ画面で視聴すれば・・・
まるで《天井の蜘蛛の巣》から
《細く白い蜘蛛の糸》が
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっています

その《細く白い蜘蛛の糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《指と指をつなぐ糸》になっています

その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっていて
その《指と指をつなぐ糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《指と指をつなぐ糸》は
強い風でも切れないようになっているから
悲しい夜の 
光と影の中で 
《妖艶に舞いつづける主人公》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》に操られながら
心の自由を捕獲されたまま
《一人きりで踊り続ける『操り人形』》になっているのです。

・・なんだか トンチンカンな内容でスミマセン・・・この内容を読み取ろうとして アタマが痛くなった方は
深く考え込まずに・・・解りやすいⅡを読み取って下さい。↓

Ⅱ:私が賛同する《YouTube動画上のコメント欄》から採取した《『マリオネット(marionette)』のレビュー
●本当に妖艶でカッコいい
●これぞ、J-popの至高。これぞ、日本の《*プログレ》の真髄。 この衣装は、85年紅白の「ミ·アモーレ」のものに、腰回りのクシュクシュを増やし銀の輪とシースルーの袖と帽子を加えてデラックスにしたモノ。
この映像を小学生の時分にリアルタイムで観てしまった私は、「大人になったらこのカッコする。」と誓い、現在普段からよそ行きまで全身黒ずくめで、冬場はマントを着用している。
●この映像のインパクトは尋常じゃないですね❕❕ TVの歌番組ではとても想像できなかった世界感を残してくれました
●明菜様としては 「テレビでやることではないかも」との考えだったようでしたが、「夜ヒット」側からの強い要望に応えて敢行したそうです。 ボーカルスタイルがこうですから、公共の電波に乗せて不特定(ファンではない)多数の人の目に触れさせるのを躊躇うのもまた然りですが、そこをおして放送にこぎつけた「夜ヒット」制作陣の英断に感謝するばかりです。こんなにも素晴らしい表現を目の当たりにする機会を与えてくれたのですから。
●オープニングからエンディング迄、何かに取り憑かれている様に歌い踊り⋯どこかへ何かが、明菜を、連れて行かないかと心配になる位⋯神秘的な迫力がありました‪‪‬。神がかり的な気配を感じました
●これは アルバム不思議の曲です。 この時代に前衛的ですねー‼️

《*プログレ=プログレッシブ・ロック(英: Progressive rock)=ロックのジャンルの1つ。実験的・前衛的なロックとして、それまでのシングル中心のロックから、より進歩的なアルバム志向のロックを目指した。=演奏重視で、インストゥルメンタルの楽曲も多い。技巧的で複雑に構成された楽曲(変拍子・転調などの多用)。芸術性を重視した曲作りをする。》

▼《その時々に 明菜が歌う唄》には 明菜の意図が感じ取れる。
明菜が歌う《歌詞内容》は 素晴らしい。 
明菜は 《素晴らしい作詞家・作曲家》に巡り逢っています。
《素晴らしい作詞家・作曲家》と《明菜の素晴らしい表現力》とが巡り逢ってこそ 明菜worldも輝くのです!
これは 全ての歌手にも 云えることであります!
明菜は 作詞することもあります。
明菜が もっと作詞の分野を広げてくれることに 期待しています。
明菜は 《その時々に 自分が目指していること》に従って
自分が歌う唄を 作詞家・作曲家へ発注しているように感じています。
明菜は 完璧なシンガーソングライターでもないのに
《その時々に 明菜が歌う唄》には 
明菜の意図(=明菜の目指すもの・明菜の意志)が感じ取れるからです。
シンガーソングライターでもない歌手の歌に その歌手の意図が明確に感じ取れることは 少ないので
明菜は 素晴らしいと思います。
私は 明菜が望む《素晴らしい作詞家・作曲家》に巡り逢うように 祈っています。
そして又
明菜が作詞した場合
《素晴らしい作曲家》に巡り逢うように 祈っています。

【私説・歌姫明菜world】~歌姫明菜は 白魔女?~ higasi

2018/08/08 (Wed) 02:15:26

【私説・歌姫明菜world】~歌姫明菜は 白魔女?~
▼プロローグ
これから 述べる事柄について
信じるか信じないかは あなた次第です。
・・・この文句 あまりにも俗世間に流れ過ぎて
《ふざけているように感じる方々》も 多いかもしれませんが
私は 本当に真面目なんですよ!
これから 述べる事柄について 《信じない方々》にとっては
以下述べる事柄を 最初から読まない方が良いかもしれません
と云いつつも・・・私の本音では・・・
せめて 《ひとつの夢物語》として
お暇な折に
最初から 楽しんで頂ければ 幸いであります

▼歌姫明菜は 白魔女なのです!
《魔女》と云うコトバを検索すると
ー女性の魔法使いを指す。
 狭義には、古来の神や精霊の力で奇跡を起こした人々、
 キリスト教的には 悪魔と契約して邪悪な術を行う人々を指すーと云う説明が示される。

私は 上述 ー -内の説明に 納得出来なかったので
さらに詳しく追究した結果・・・以下のような情報を入手しました↓

そもそも 魔女(=女性の魔法使い)には
大別して ❶白魔女と❷黒魔女がいます

おとぎ話に出てくる魔女のおばあさん。
例えば
「眠れる森の美女」に出てくる魔女は、
ちょっと怖い、悪いイメージですね。
人に魔術(呪い)をかける魔法を使います。
「眠れる森の美女」に出てくる魔女は
黒魔術を使う❷黒魔女です。

❶白魔女っていうのは、怖くないんですよ。
「シンデレラ姫」を勇気づけて励まし、
魔法で素敵に変身させて、
お城へ連れて行ってくれる魔女は、
白魔女です。
「魔女の宅急便」のキキも 白魔女ですね。

❶白魔女は、自然の精霊と仲良くなれるので、
薬草をぐつぐつ煮て 薬を作ったりするのが得意です。
それを癒しに使うのが❶白魔女、
毒林檎にしてしまうのが❷黒魔女です。

❶白魔女は、光を使って人々を癒します。(⇒白魔女明菜は 『歌姿の光』を使って 人々を癒します。)
自然の精霊や天使とも仲良しです。(⇒白魔女明菜は きっと『歌の天使』と仲良しでしょうね。)

❶白魔女は、クリスタル(鉱物の精霊)やアロマ(植物の精霊)を使うのが得意だったり、
《*ヒーリング》が得意なのです。(⇒白魔女明菜は 『*歌姿のヒーリング』を使って 人々を癒します。)
ここで云う*ヒーリング(healing)とは
ー心身に働きかけて 生命力・自己治癒力を引き出し,治癒・回復を促す活動。癒し。ーと云う意味です。

さて
私は 何故 《歌姫明菜》を《❶白魔女である》と 呼びたいのでしょうか?
確かに《歌姫明菜》は
《自然の精霊》と仲良くなってて 《薬草》をぐつぐつ煮て 薬を作ったり
《クリスタル(鉱物の精霊)やアロマ(植物の精霊)》を使ったりしていて
《『自然の精霊や天使』とも仲良しである》とまで 言い切る事は出来ませんけれども・・・
私の《感受性の扉》は
私が眠ってる間 全開となっていて
以下の様なー『夢のお告げ』ーを
受け取ることがあるのです・・・信じるか信じないかは あなた次第ですけれども・・・

《私が受け取った『夢のお告げ』》↓

白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら・・
          歌姿の魔法で
          心身に働きかけて
          癒しながら
          生命力を引き出す活動ーをしているのです   

白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら・・『歌姿の光』を使って 人々を癒します。

白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら・・
          人間が余暇を楽しむために
          人間に対し 
          〈効用性を超越した自律的な美〉と〈楽しい出来事・癒しの時間〉を与えて
          人間が休息にさえ 倦怠感を抱くことを防ぎ
          人間の人生を 豊かにするのです。ー

さて
どうでしたか?
楽しんでくれましたか?・・・そう云えば このセリフ 私の記憶に間違いなければ
                LIVEの最後に 《歌姫明菜が語り掛けるセリフ》でしたよね?


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